杜のまなざし塾「宝達山」にて (樹伯)

今回は初の能登の杜、台風で天気が危ぶまれたのですが、日ごろの行い!?で見事に快晴。一日とてもすてきな秋日和の開催となりました。宝達山頂上近くまでは車で移動、駐車場から見下ろす風景はすごいの一言、石川にもこんな風景が在るんだと皆大喜び。今回のゴールは山頂付近に残るブナの杜、まっすぐ歩くとあっという間に到着してしまうので、並行して歩く登山道へ。これがまたアップダウンのアドベンチャーワールド、でも道々生えている樹木や、野草一つ一つに立ち止まり、昔の人が活用していた使い方や、薬草としての効能、由来といろんな角度からしてくださるお話で、昔の人の暮らしぶりや、自然との関わり方、生き方がふとイメージとしてよみがえり、なんだかほこほこしてくるのです。かつて人は杜から出てきたと言われていますが、杜の先達縄文人の遺伝子が樹遷さんの言霊を通して心地よく体に響いてきます。

山頂に到着後はブナの杜の入り口でお昼ご飯を食べて、のんびりタイム、お日様の暖かさに溶けていきそうなそして、ブナの木漏れ日の光の美しさに心が洗われていくのです。

午後は樹遷さんのガン末期に東北の杜での樹木さんたちとの、不思議な交流の体験のお話。木霊がガンの病巣に一つ差し込むごとに痛みが消え、体に力がよみがえっていったお話もブナの杜で聞くとそんなこともあるかもと当たり前に思えるから不思議。同時に最近の科学の研究で、植物に知性があるということが分かってきたこと、人の五感に対するものが15感覚以上あるそうで、皆さんも樹木さんから聞かれ、見られているんですよ、自分が東北の杜で皆からは妄想と思われることも、もしかしたら本当なのかもしれない、化学が少しづつ証明してくれているというお話に皆ききいっていました。その後の樹木や草草をみるまなざしが変わったことは言うに及びません。なにか杜全体が生きているように、そして優しいまなざしを降り注いでくれているようで、今まで以上にブナの一本一本の木々が愛おしく思える杜との時間をいただくことができました。木に抱きついている人、のんびり空を見上げている人、会の始めに習った站椿功をしている人、いろんな交流をしながらも、皆が杜と一つに溶け込んでいる風景が見事に出来上がっていました。まさにいのちひとつらなり、このすこやかな風景が杜のまなざし塾の醍醐味。参加者一人一人の心の奥に、細胞に深くしみ込んでもらえたのではと後の感想を聞いて思いました。

杜をでて、駐車場近くの喫茶店で、よもやま話の時は皆が家族の様に本当にやわらかな気の場ができていました。お別れを名残惜しみながら宝達山を後にしました。きっと夕日も素晴らしいところなんだろうな。宝達山さん素敵な場をお貸しくださりありがとう。杜の先達樹遷さんのお話でまた一つ杜への扉を開けることができました。胸いっぱい!

 

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