気らん塾参加者の感想2 とても素敵な感想頂きました。塾の雰囲気を本当に伝えてくれています。

気らん塾に参加して自分の中に軸ができたような気がしました。杜の中でたんとう功をしている時に「通った」と言われると、天からすとーんと頭にかけて何かが落ちてきたような感覚があり、背中に棒が突き刺さったようで、樹木と同じように天に向かって真っすぐ立つことができました。座っている時に姿勢のアドバイスをしてもらったのですが、その時に気が頭から丹田に降りてきたのを感じることができ、肩の力もぬけ、丹田で呼吸をすることが初めてできました。その日はその状態がずっと続いていて、丹田に気があるおかげで自分の軸を見失わずにいられました。

朝起きると気が乱れてまた元の状態に戻ってしまったように感じたのですが、梅しょう番茶を飲み、あんま功をやって気を整えていきました。こうせねばと思う前にまず気を整えることのほうが大切なのだと思いました。気功をやる意味がよくわからなかったのですが、今回参塾者の方々と共に気の練成をすることによって、その意味が少しわかったように思いました。あんま功をきっちりやると気が体に通ったのがわかり、みんなで気功をしていると自然と体が動きました。越智山の地の気と参塾者の方々の気によって、肩の力もぬけ視野が広がったように思いました。

囲炉裏ではいろんな話ができました。知識が十分になく会話になかなかついていけないのですが、不思議と心に響くものがありました。他人と語り合うという機会がなかなかなかったのですが、貴重な場を経験させていただきました。文化や文明の話、参塾者の体験からくる話などいろんな方向に話は広がっていきました。自分には経験がなく、本で読んだようなことしか話せないのですが、樹遷さんは真摯に答えてくださいました。前泊した甲斐もあっていろんな話ができました。団らんが大切だとおっしゃっていたのですが、その意味がわかったように思いました。囲炉裏を囲んでご飯を食べ話をするという、その中にいろんなことが詰まっているように思いました。自分は人との間に壁を作ってしまいなかなか人と話ができずにいたのですが、このような場を共有することができて、とても大切なことに気が付くことができました。言葉や情報だけではなく、響きあうようなコミュニケーションの仕方があるのだと思いました。

こうせねばとか自分からこうしようとか思わなくていいのだと思いました。ただ自然と共に生きるというそのようなあり方でいいのではないかと思いました。そこから離れると言葉だけで考えてしまい囚われが生まれるのだと思います。何が正しいのかわからないのですが何かをせねばというプレッシャーがありました。しかし人の気持ちを理解しようとしてもわからないし、世の中のこともわかりません。いきなり大きなことを考えようとしてもわからないので、それよりもまずはどんな状況でも生きていけるように、日々練成していけばいいのだと思いました。そのことに気づくことができて肩の荷が下りました。ありがとうございました。