養生塾語録

目的でも、人助けでも、使命感、やらねばになるとこわばりになり滞ることが多い、目の前に与えられたことに自分でできることがあればする。それ以上でもなく以下でもない。

おごり、やってあげている、自分のお役目ですという力みとしばられ、やがて周りが見えなくなる、人のおちいりやすいところ。ある意味、戦後の日本はこれで突っ走ってきたのではないだろうか。役割人間を演じて理非がみえなくなる。

組織が大きくなると、組織の論理が独り歩きしピラミッドとなるもの、むしろ、一人一人の手つなぎ。そこには上下関係がない。これからの時代。

お金も幻想、

病を治すのでなく、そのこだわりさえもはずし、今ここでの一息。

今は自主性ということが言われすぎているように思う。むしろゆだねるという生きかたも大事。その場でできることをする、そこで生かされていることにありがたいなと思えればいい。

森で道に迷っている熊さんを見たことがあるだろうか。あの尾根を登らねばとか、あの沢を下らねばとか、目的、目標を持つとそれにしばられ、他の可能性が見えなく排除してしまいがち。今ここにある、一息。ふーと息を吐いてみませんか。

四季調整が養生塾の一つの目的。春の病は秋に、冬の病は夏に因あり、逆に今ある病を季節をどう過ごしていくかという見方で経過させていくまなざしが大切。

癌も排除を目的にするとそれは囚われ、それさえも自分の一部として慈しみ、今一息、季節に寄り添い、すこやかに生きることはできないだろうか。

遠いまなざしを若者たちには持ってもらえたらもっと楽になるのでは。時間的に、空間的に。今の社会はたかだか50年、はるか一万年続いた縄文時代、そう体は変わるものではない、

今生身が悲鳴を上げている。氷河期を石の技術一つで生き抜いた先祖さんたちの生き方に思いはせてみることも大事では。

日本での常識は世界での非常識もある。世界を旅していろんな価値観に触れてほしい。時間と空間に遠いまなざしを持つことで人生かなり楽になることも多い、無駄と、失敗を重ねていこう。

何かやるのに自信は必要ない、失敗するという自信をむしろ持ったらどうか。考えるより前にやってみようという生身の動きが大切。

Leave a Reply